弥生の心臓が一瞬止まったように感じ、祖母の質問にどう答えていいか迷っていた。彼女は助けを求めるように瑛介に視線を移した。後部座席に座っている彼女たちが奈々の姿を見ているのだから、運転している瑛介も当然気づいているだろう。ましてや、奈々は彼が好意を抱いている人だ。彼はきっとより一層、彼女に関心を持っているはずだった。案の定、次の瞬間、瑛介は車の速度を落とし、門の前で停車した。車が止まると、奈々はすぐにバッグを手に取り、運転席側に回り込み、指先で窓を軽く叩いた。窓が下がると、彼女は笑顔で瑛介に話しかけた。声はとても優しく、柔らかかった。「帰ってきたのね。おばあさんの具合はどう?心配するなって言われたけど、どうしても直接確認したくて来たの」奈々はそう言いながら、無意識に後部座席を一瞥した。運転席に弥生がいないことに気づき、彼女が後部座席にいることを察した。しかし、その瞬間、彼女の心の中では、自分が副座席に座る権利があるかのような喜びが広がっていた。だが、後部座席を確認すると、そこには弥生だけでなく、祖母が座っていたことに気づいた瞬間、奈々の顔色は急激に変わった。彼女は驚愕し、先ほどの優越感や主権を主張しようとする気持ちは一瞬で消え去り、口元の笑みさえもぎこちなくなった。自分の発言が祖母に誤解されていないだろうか、これで瑛介との進展に悪影響を与えないだろうかと、不安が押し寄せてきた。奈々が戸惑っている間、祖母もまた彼女をじっと見つめ、不思議そうに思っていた。その様子を見た弥生は、何事もなかったかのように説明を始めた。「おばあさん、彼女を覚えていませんか?江口奈々、夜を助けたことがあって、彼の命の恩人です」その言葉を聞いた祖母は、ようやく思い出したようだった。「ああ、そうだったのね。あなたも大人になったね。一瞬誰だかわからなかったの。気を悪くしないでね」奈々は慌てて頭を振り、微笑んだ。「そんな、おばあさん、どうして怒ったりするんですか。こんな些細なことで。むしろ、私が長い間お見舞いに来られなかったのが悪いんです。海外に行っていた間、忙しくて……これからも疎遠にならないようにしたいです」「私も弥生にあなたのことを聞いたばかりだったのに、すぐに会えるなんてね」と祖母はにこやかに答えた。奈々は弥生に一瞥をくれたが、さらに何かを言おうと
弥生は、瑛介が何か言い出して事態が悪化するのを恐れ、彼が露見しないように先に口を開いた。「そんなに遅くはないし、先に車に乗ってください。ちょうどおばあさんも家に戻ったことですし、中で少し休んでください。後で運転手を手配してお送りします」彼女の口調は淡々としていたが、奈々への配慮を感じさせた。奈々は一瞬、弥生が自ら誘いの言葉をかけるとは思わなかったが、すぐに彼女なりに理解し、微笑んで頷いた。「ありがとう」そう言いながら、彼女は車の後部座席のドアを開けた。後部座席にはまだ十分なスペースがあり、弥生は祖母の隣に座っていたため、奈々が座る場所は残っていた。彼女は笑顔で祖母に再度挨拶をし、弥生は助手席に奈々が座らなかったことに内心でほっとした。「奈々、私のためにわざわざ来てくれてありがとうね」祖母は彼女に感謝の意を表し、二人はゆっくりと会話を続けた。 車は別荘の敷地内に進み、車庫に停まった。使用人たちがすでに準備していた車椅子を持ってきていた。車のドアが開くと、瑛介はすぐに祖母を抱き上げ、慎重に車椅子に座らせた。奈々は車から降りると、弥生が自然に車椅子を押す様子を見た。その光景はまさに家族が仲睦まじく見え、彼女は無意識に薄いドレスの裾を握りしめた。しかし、すぐに笑顔を取り戻し、彼らに続いた。執事と使用人たちは、祖母の帰宅を聞いて大喜びし、玄関で温かく迎え入れる準備をしていた。だが、三人家族のように見えるグループに奈々が加わっているのを見て、驚きの表情を隠せなかった。多くの使用人たちはその場で互いに目を合わせ、何かを察したかのように小さく会釈しあっていた。それでも彼らは使用人らしく、すぐに表情を整えて祖母に挨拶した。「お帰りなさいませ」 その場には、祖母を喜ばせるために準備されたちょっとしたパフォーマンスも用意されており、使用人たちはその場で披露を始めた。 祖母は看護施設にいる間はつまらない日々を送っていたため、こうした小さなエンターテイメントにとても楽しんでいる様子だった。かつては国際的なパフォーマンスも経験していた彼女だが、今ではこのような些細なものでも新鮮に感じられた。弥生はその様子を見て微笑み、彼女の表情は喜びに満ちていた。 その光景を見た瑛介もまた、目を細めて満足そうに微笑みながら、弥生に低い声で尋ねた。「これ、君が手配した
パフォーマンスが終わった後、皆が屋内に入った。執事は、おばあさんのために軽食を用意したが、夜も遅かったため、彼女はほんの数口食べただけでスプーンを置いた。「みなさん、ありがとう。気を遣ってくれて」その後、おばあさんは洗面に行く準備を始めた。弥生は手伝おうとしたが、おばあさんは優しく彼女の手を軽く叩いた。「いいよ、洗面くらい自分でできるわよ。おばあさんはちゃんと動けるんだから」弥生が何か言おうとした瞬間、おばあさんはふと奈々に視線を向けて言った。「奈々、もう遅いし、今夜はここに泊まったらどう?弥生に頼んで、家の使用人に客室を用意してもらうわ」奈々は少しぼんやりして食事をしていたが、突然呼ばれてすぐに頭を振って答えた。「いえ、結構です。ありがとうございます」おばあさんは優しく言った。「泊まらないの?ここには客室がたくさんあるし、用意するのも難しくないわよ。それに、あなたは私たち宮崎家の恩人なんだから、遠慮しないで泊まっていって」ここまで言われてしまうと、奈々も断るできなくなった。実際、彼女は、瑛介の近くにいるなら泊まりたいという思いもあった。奈々が再び何か言おうとしたその前に、弥生が微笑んで言った。「執事さん、客室を用意してもらえますか?」執事は不機嫌そうに見えたが、頭を下げて答えた。「かしこまりました」その間、瑛介は一言も発することなく、黙ったままだった。やがて、みんながそれぞれ部屋に引き上げ、客間には弥生、奈々、そして瑛介の3人だけが残った。使用人たちもこの場の微妙な空気を感じ取り、徐々に散った。部屋に誰もいなくなった頃、奈々は弥生をちらりと見た後、瑛介に視線を移して小声で尋ねた。「私がここに泊まっても大丈夫かな?やっぱり、戻ったほうがいいかしら?」弥生は、彼女が「帰ろうか」と言いながらも全く動いていないのを見て、冷静に観察していた。瑛介は表情を変えず、淡々と答えた。「一晩くらいなら問題ない」「それなら......」奈々は、今度は弥生に視線を移し、「弥生、私がここに泊まること、あなたは気にしない?」とわざわざ聞いた。弥生は一瞬驚いた。まさか奈々がわざわざ自分に意見を聞くとは思っていなかった。彼女がどう答えるかわかっていながらも、あえて問いかけてくるその態度に、皮肉を感じた。弥生は軽く唇を引きつらせ、
奈々は瑛介を見つめ、顔に悲しげな表情を浮かべ、かわいそうな声で言った。「私、私、さっき何か間違ったことを言ったのかしら?ごめんなさい、彼女が怒るなんて思わなかったの……。やっぱり、私、帰ったほうがいいかしら?」そう言って、奈々は立ち上がり、慌てた様子で出て行こうとした。瑛介の側を通り過ぎる際、彼女の腕は瑛介によって掴まれた。彼は眉をひそめ、冷静に言った。「ここに泊まれと言ったんだ。彼女が言ったこと気にするな」「でも……」その時、執事が遠くから駆け寄ってきて、話に割り込んだ。「江口さんの部屋を用意できました」奈々は驚いた。まだ数分しか経っていないのに、どうしてそんなに早く部屋の準備が終わったのだろう?本当にきちんと準備されているのか、疑わしかった。「うん」瑛介はそれにはあまり関心を示さず、奈々に向き直って言った。「部屋に行って、もう遅いから早く休んで」そう言い終えると、瑛介は弥生が去った方向へ歩き出した。「瑛介……」奈々が彼を呼んだが、瑛介は彼女の声を無視し、冷たい背中を残して立ち去った。奈々はその場に立ち尽くし、心の中で弥生への怒りが込み上げてきた。先ほど弥生が言ったことが、今も彼女の心を刺すように感じていた。しかし、その怒りに浸る間もなく、執事の冷たい声が再び響いた。「客室にご案内しましょうか?」彼のロボットみたいな対応に不満を感じつつも、奈々は今のところ何もできず、無理に笑顔を作り、「お願いします」と答えた。しかし、執事は彼女の言葉に反応せず、無表情のまま背を向けて歩き出した。奈々はその不満を飲み込み、足早に彼に従った。一方で、弥生は二階に上がり、部屋に戻るとすぐに浴室に向かい、ドアを閉めた。洗面台に手をついて、自分の顔を鏡に映した。思い返してみると、先ほど奈々の驚いた表情や、瑛介の険しい顔を見たとき、彼女の心は妙に晴れやかだった。やはり、「やられたらやり返す」ものだと、彼女は感じた。奈々が陰湿に振る舞うのなら、弥生もそれに対して同じように返せばいい。怒る必要なんてない。むしろ、彼女もかわいそうに振る舞い、大人の余裕を見せることができるのだ。そう考えていた時、不意に浴室のドアが開く音がした。驚いて振り返ると、瑛介が無言で中に入ってきた。彼の背の高さと体格が浴室に圧迫感をもたらし、広い空間
こんな寒い天気では、厚いコートを着ていても浴室の壁から伝わる冷たさを感じる。彼女の肩には瑛介の手が置かれており、その手は重く、強い力で彼女を押さえつけて、動けなくしていた。弥生は何度も抵抗してみたが、うまくいかず、息が切れるほど疲れてきた。彼女は顔を上げて目の前の男を睨みつけ、息を切らしながら冷笑した。「何してるの?私が図星を突いたから怒ってるの?」瑛介は陰鬱な表情で彼女を見つめた。目の前のこの女性は、大きく澄んだ瞳を持っていて、浴室のライトの下で輝いている。その瞳はまるで星くずを散りばめたように美しく、鼻筋がしっかりとしており、桜色の唇も艶やかに光っている。だが、そんな美しい口から出る言葉は毒を持ち、心に突き刺さる力がある。彼の心はその痛みに反応し、彼女の口を塞ぎたくなる衝動に駆られた。彼は思わず身を屈め、彼女が次の言葉を発する前にその唇を奪った。「な、何……っ!」弥生は、彼が突然身を屈めてくるのを見て、嫌な予感がした。だが、言葉を発する間もなく、瑛介の馴染み深い温もりが彼女の口の中に入り込んできた。奈々が現れる前、瑛介が彼女にキスするたびに、彼女は拒絶することはなかった。彼女は彼を好きだったから、心も体も彼を渇望していたのだ。彼のキスを受け入れていたが、最初の頃は恥ずかしさでいっぱいだった。特に、瑛介のキスは彼の性格そのままで、激しく、嵐のように彼女を圧倒した。いつもキスが終わる頃までに、彼女はすっかり体力を奪われたことに気づかなかった。今回もそうだった。瑛介は怒りを抱え、彼女に対する欲望を抑えていたのか、彼のキスは荒々しく、彼女の顔を掴む手にも力が込められていた。彼の冷たく強制的な気配が彼女を包み込み、そのキスには発散のようなものが感じられた。弥生は全身の力を振り絞って彼を突き飛ばし、勢いよく彼の頬を叩いた。瑛介の顔が横に向き、彼の頬には指の跡がすぐに浮かび上がった。唇の端には少し口紅がにじんでいて、彼の美しい顔立ちに妖艶さが加わっていた。彼は少しの間沈黙した後、再び彼女をじっと見つめた。弥生は彼を睨みつけ、自分の唇を拭いながら乱れた服を直して外へ向かおうとした。だが、数歩進んだところで、彼女は再び瑛介の手に引き戻された。「瑛介、あなた何を考えているの?もし欲求不満なら、他に相手がいるでしょ。
「何を?」彼女が目撃したことを、彼がよくも「誤解」だと言うものだ。瑛介は彼女を見つめ、いきなり態度を変えた理由が、彼と奈々が外で一晩過ごしたという誤解から来ていると知った瞬間、胸の重苦しさが少し和らいだ。彼の表情もやや柔らぎ、先ほどまでの険しさが消え、薄い唇を引き締めて説明した。「あの夜のことは君が思っているようなものじゃない」彼は弥生にその夜の出来事を説明しようとしたが、彼女は彼が「あの晩」と口にした瞬間、すぐさま彼を遮った。「あの夜に何があったのかなんて、全然興味ないわ。わざわざ話す必要はない」奈々と一緒に過ごしていない、君が思っているようなことはない、と言っているけれど、まるで自分が現場にいなかったらごまかせると思っているのだろうか。残念だったね。彼女はその場にいたのだ。奈々が彼を迎えに来て、一緒に出ていくのをこの目で見たのだから。彼が一晩帰らず、翌朝看護施設にも遅れて現れた。彼が何をしていたのかなんて、知る気もないし、もうどうでもいい。ここまで来たら、弥生は自分の冷静さが失ったようにさえ感じていた。そう、彼女は瑛介が好きだった。ずっと、長い間彼のことが好きだった。だが、彼女は恋愛の狂人や、喧嘩腰の女にはなりたくなかった。さっき、彼を発情したと言って怒鳴りつけたのは、彼女自身、生まれて初めての経験だった。二度とあんなことはしたくないと思っている。それは恐ろしい経験だった。自分ではないように感じたのだ。冷静になると、さっきまでの感情がすっと引き、跡形もなく消えた。彼女は瑛介を見つめ、その澄んだ瞳は再び静けさを取り戻していた。瑛介も彼女の変化に気付いた。彼女の冷静さ、無関心さ、全てが瑛介の目に映った。そんな彼女を見て、瑛介は胸の奥に鈍い痛みを感じた。まるで何かに蝕まれているかのように。しばらくして、彼は自嘲気味に笑った。「僕は、離婚の手続きをちゃんと済ませていないうちに他の女と何かするような男じゃない。俺のことをそんなに悪く思ってるのか?」弥生はすっかり冷静になっていた。今の彼女は感情の波立ちもなく、ただ平静に返した。「私がどうあなたを見ているか、大事なの?」瑛介は目を細めた。「大事じゃないのか?」弥生は淡々と微笑んだ。「さあ、どうかしら」そう言うと、彼女は軽く手を伸ばし
瑛介は眉をひそめ、黒い瞳には冷たい光が浮かんでいた。彼の放つ圧迫感があまりに強く、弥生は彼がまた何かしようとしているのかと感じた瞬間、瑛介はくるりと振り返り、そのまま部屋を出ていった。弥生はほっと息をつくと同時に、自嘲気味に唇を少し歪めた。奈々はドアの外で待っていて、緊張で指をぎゅっと絡ませていた。もし聞き間違いでなければ、さっきの瑛介の声はとても苛立っていた。まるで何か重要なことが誰かに邪魔されたかのように。その状態に奈々はひどく不安を感じていた。彼女が自分の正体を告げてからかなりの時間が経っても、瑛介はまだドアを開けに来なかったからだ。彼は一体部屋の中で何をしていたのか、どうしてこんなにも時間がかかったのか?奈々の心の中は混乱し、やがて目の前のドアがようやく開いた。彼女は急いで顔を上げ、瑛介を真剣に見つめた。うん、彼の服は上に来る前と同じで、上着も脱いでいない。ただ、少しシワが増えているように見えた。奈々はすぐに心の中で「服にシワがあるのは普通のこと」と自分に言い聞かせ、それが何かを示すわけではないと自分を落ち着かせた。そして、ふと瑛介の薄い唇に小さな傷があるのを目にし、彼女の体は一瞬で氷のように冷たくなった。傷は薄く、近くでじっくり見ないと気づかないほどだった。瑛介は彼女の異変に気づかず、淡々と尋ねた。「どうして来たんだ?」奈々は我に返り、ぎこちなく笑みを浮かべた。「私、パジャマを持っていなくて、弥生に借りようと思って……」弥生から服を借りる?瑛介は眉をひそめ、「使用人たちは用意しなかったのか?」と尋ねた。奈々は首を横に振った。それを聞いた瑛介は唇を引き締め、明らかに不満げだった。彼が怒り出しそうな様子に気づいた奈々は急いで言った。「怒らないで。今日は初めてだから、彼女たちが準備していなかったのも無理はないわ。弥生に借りればそれでいいの。ただ、彼女がどう思うか......」瑛介は浴室での弥生の様子を思い出し、眉をさらにひそめた。おそらく彼女は快く思わないだろうし、たとえ快諾しても、奈々が去った後で、また嫌味なことを言って彼を刺激するかもしれない。そんな考えが巡る中、後ろから弥生の声が響いた。「何があったの?入ってきて」その言葉に、瑛介は反射的に振り返った。弥生はそこに立ち、奈々に向
広々としたウォークインクローゼットには彼女たち二人だけがいた。奈々は弥生を見つめ、急いで服を選ぶことはしなかった。弥生は彼女が自分をじっと見つめているのに気づき、何か言いたいことがあるのだろうと察した。しかし、奈々が自分から口を開かないので、彼女は待つことにした。案の定、奈々は我慢できずに低い声で言った。「弥生、あなたは約束を破ったわ」その言葉に、弥生は動きを止めた。「私がいつ約束を破ったというの?」奈々は彼女の赤い唇をじっと見つめながら言った。「先まであなたは口紅をつけていたわ」ここまで聞いて、弥生はようやく彼女の言いたいことを理解した。自分の口紅が消えていることを気になっているのだ。事実として起こったことなので、否定するつもりもなかった。「つまり、あなたは約束を破ったのよ、弥生。あなたは全然信用できない」「いいえ」弥生は首を振った。「私は約束を守っているわ。もしおばあさまのことがなければ、私は彼に自分から近づくことはない」この言葉は奈々を刺激し、彼女はすぐに冷笑した。「じゃあ、彼があなたに近づいてきたということなの?」弥生は「そうだ」とも「違う」とも答えなかった。「冗談はやめて。彼がそんなことをするはずがないわ」自分が戻ってきたのだから、瑛介が弥生とまだ関係を持つはずがない、と彼女は思っていた。その言葉に、弥生は肩をすくめて無力な様子を見せた。「もし私が約束を破るつもりなら、あなたはここに立つことさえできなかったでしょう。何もする必要はなく、直接におばあさまに訴えればいいのだから」おばあさんの話になると、奈々の顔色が変わった。「どうしておばあさまは突然手術をしないことになったの?あなたが何か言ったんじゃないの?」明らかに前までは順調だったのに、なぜ突然やめることになったのか。奈々は弥生がおばあさんに何かを示唆したのではないかと疑っていた。その言葉に、弥生の表情は冷たくなった。「私は誰よりもおばあさまのことを心かけているわ」彼女の真剣な様子に、奈々は一瞬戸惑ったが、心の中で冷笑した。何を装っているのか。おばあさまのためだなんて。もし瑛介がいなければ、あのばばにそんなに気を遣うわけがない。約束は一度破らないと直さない。弥生は彼女がいつも自分に面倒を起こすのが嫌になり、直接言った。